ウィークリーコラム

大衆酒場に学ぶ繁盛哲学 〜横須賀 忠孝 その2〜

ホッピーによく似合うブタの「やきとり」

 

「忠孝」の店内に入ると、左手に焼き場があり、「やきとり」を焼く煙がもうもうとあがっている。その姿を目の前にするカウンター席が4席。焼き場とカウンターの間には透明板が立ててあるので、あまり煙たくはないし、私の好みからするとここが特等席だ。もっとも、席数が少ないので、いち早く常連客に占領されている。

 

 

 カウンターは、入って右手にもあり、ここには8人坐れるから、1人でも気軽に来られそう。

そのほか、右手にテーブル席、奥に小上がり席があり、お好み次第で席が選べる。

「うちは常連さんが多いので、ここの場所が空いてないと店に入らないという人もいます。

逆にお酒が好きな方は、席がどこでも良いから、ホッピーを飲みたくて来るという人もいますね。

昔は、店が満席で待ってる間にも、ホッピーや焼酎を注文して、立ち飲みしている人もいました。

いまは、それはやってませんけれども」

 

 

 

さて、満州焼である。

結論からいうと、想像以上に美味かった。

子羊のラム肉(しかも生)だという肉の粒は大きめで、噛みごたえがある。

それでいて、適度に柔らかく、アッサリ醤油味のタレが、肉の旨味をひきたてる。

2人で10本、注文した満州焼は、あっという間に胃袋の中におさまってしまった。

これなら、羊好きの私は、軽く20本くらい食べられそうだ。

ただし、満州焼はたいへん人気がある上に、数に限りがあるので、

早めの時間に注文しないとすぐに売り切れてしまうそうだ。

 先代の社長夫妻は、昭和30年に京都の舞鶴からここ横須賀に居を移し、

33年に「忠孝」を開店したが、当初からこの満州焼を看板にした。

「最初はマトンか何かを使っていたらしいんですが、

マトンだと肉が硬いし、匂いが強いので、こっちの人には合わないということで、

ラムに変えたのが、昭和40年頃だと聞いています。

ポイントは秘伝のタレ。

ニンニクなどを使って作る醤油ベースのタレは、合わせといって、

新しいタレと古いのを混ぜたりして作ります。

満州焼は、そのタレに5時間くらい漬け込んでから焼きます。

漬け込む時間によっても、味が変わってきますね」

 満州焼が、満州と関わりがあるのかどうかは、残念ながらわからないという。

満州から引き揚げてきた先代が、かの地で覚えた味に和風のアレンジを加えて……という想像が膨らむが、

先代社長はそのへんの事情を、一番弟子とも言うべき小金さんにも語らずに、逝ってしまった。

 満州焼と並んで開店当初からの看板は「やきとり」すなわちブタのモツ焼である。

「忠孝」には、トリの「やきとり」もあるが、中心はやはりブタの「やきとり」。

バラ、カシラ、タン、レバ、ハツ、ナンコツ、シロ、ガツと種類も豊富だし、

トリよりもブタのほうが、ホッピーや焼酎にはよく似合う。

小金さんは、18歳から「忠孝」に入り、このモツの処理から修行した。

当時は先代の旦那さんはすでに亡く、女社長が店を切り盛りする時代だった。

「修行中は、朝早くから店に出て、モツのつぶしから教わりました。

お店には、ツナギといって内臓が全部、つながっている状態でモツが入ってくる。

喉のところから、レバから全部つながっていて、体温が残っているから、まだ温かいんです。

それを店で部分ごとにカットして、適当な大きさに切ったものを串に刺す。

串焼きで使わない部分はモツ煮にする。昔は、フワという肺の部分も、煮込みに入れていましたね」

 12年間の修行後、小金さんは、先代社長から暖簾分けを許され、

北久里浜に同じ店名の「忠孝」を出した。ところが、その後、先代社長が亡くなり、

親戚が店を継ぐと、ほんの1年ほどで本家の「忠孝」は経営危機に陥ったという。

 

文:ライター桶谷 写真:ソウル久我山

取材協力: やきとり「忠孝」(ちゅうこう)

横須賀市若松町3−12 電話0468-22-4174 営業16時半〜深夜1時 無休

次回
第三話『昭和の肝っ玉母さんの味』は12月30日更新予定!!


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